【外部脚本演出】あえないあなたについて(『空中散歩とメンソール』についての雑文)

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今週末に作・演出する舞台、コルバタ主催「空中散歩とメンソール」の幕が開きます。

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今回は「卒業式を前にそんなに仲良くなかったクラスメイトが死ぬ」というお話です。出演者の津田修平君がどこかに「今はもう会えなくなってしまった人がたくさんいます」と書いていましたが、僕にとっては今回の作品の登場人物全てが「もう会えなくなってしまった人」です。一人一人に厳密なモデルがいるわけではなく、こんなやつだろうと思っていたけど大して仲良くなる前に合わなくなってしまった彼女とか、はたまた実在しない物語の彼とかも含めて全て。

 

もう会えなくなって随分経つ人ばかりだから、もう体つきとか声とか、一部やほとんどを忘れてしまっているけど、なぜか人格の手触りみたいなものは覚えていて、なんだかそのかすかに体温がある。普段暖かい日にはそれがあることすら忘れているけど、体の芯まで冷えた朝方に身体を温めてくれさえする。

 

そういう思いでやぬくもりは時間が経つとともにどんどん分解されていって、あの時あの季節あの言葉とともに肩に触れてくれた顔に似合わない大きな手、といった具体的なものはさらさらといなくなって、ただ感触だけが残る。あるいは言葉だけが残る、視線だけが残る、あるいは見上げた曇り空だけが残る。僕らはそのひとの人間性に触れて嬉しかったはずなのに、残っているものごとに人間性というアナログな乱数はほとんどありません。それを養分にして成長してきたとか、思いから捨ててきたんだ、とかではなく、僕は本当に単純に覚えていられないのだと思います。だから、あの時あなたが真剣に伝えてくれた僕の弱さも、自分の一部を引き裂いてくれたあの掌もきっと忘れてしまう。だから、せめてここにあったことだけは覚えていよう。インデックスに日々効率化されてて、偽善化し、美化されていく僕の頭の中できっと、テレキャスターでリフがかき鳴らされた瞬間のように圧倒的に存在するはずだ。例え僕が消えてしまっても。

 

‥‥久しぶりにMinami Produceよりのチャンネルを開いたらノスタルジーにロボトミー手術を施されたみたい。僕は生涯人生フォルダに上書き保存などできないタイプのようです。膨大に増えたタイトルの前でいつも足踏みしている。自分の作劇本能はノスタルジーという甘い麻薬を否定しているけど、たまには思い出す日もある。

 

上演時間70分。なにかを思い出すには十分な時間で人生を見通すためには到底足りやしない。この作劇時間の中で、あなたの「あえなくなったあいつ」を思い出していただければ、こんな嬉しいことはありません。

南慎介(Ammo/Minami Produce)

 

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