【南外部脚本・演出】おはようございます、いってらっしゃいの毎日について。(Shock Art Project vol.1「春に戦ぐ」をご観覧くださった方への作家・演出家としての御礼)

 

Shock Art Project vol.1「春に戦ぐ」無事全ての公演日程を終了いたしました。

この公演が始動し始めたのはちょうど1年前の今頃でした。プロデューサーの光田卓郎さんから「自分のプロジェクトを立ち上げたい」とお話を頂いたように記憶しています。光田さんは私が20代中盤までやっていたTEAM JAPAN SPEC.という劇団で照明家さんとしてずっとお付き合いをしていまして、ついその1年ほど前にコルバタ「空中散歩とメンソール」で5年ぶりに再会し、「また一緒にやりたいね」と雑談していたのでした。本当にこの世界、演劇を続けていればまたいつか会える、というのは本当ですね。そしてそれはとても幸せなことだと思います。

 

この作品は取材を多くするタイプの作家である私から見てもとても多くの方の協力があって成り立ったものでした。保育士の方々が話してくれたこと、保育園で泣き笑う子供達の顔、全てがこの物語の血肉になっていると思います。

 

ラストシーン、英一の言葉は暗闇の中で母親にだけ話された、彼なりの小さな決意でした。

そりゃそうです。問題なんかなにも解決されていない。保育士の待遇はまだまだ改善の余地があるし、男性保育士への偏見だって払拭されていない。英一に関してだって彼の将来はまだまだ不安定だし、悠美とだってどうなるかわからないし、ホンヨル君とけいすけ君だって将来どうなるかなんてわかったもんじゃない。だけど。

今、ここで、不安定だとか不安だとか未来なんてわからないなんて言い訳を全部捨てて、ただ覚悟を決めること、それが必要なんじゃないか、って思ってこの戯曲を書きました。

 

と、同時に逆説的になっちゃうけど、沙耶香が言ってたように「考えすぎじゃないですかね?」「意義とかばっかり考えてたら社会息苦しいわ」って思います。

だから、たまに、ほんのたまにね、振り返って明日への一歩を踏み出すための振り返りが必要なんじゃないかって思ったり思わなかったりします。

英一は前を向いて歩き出せていたのでしょうか。それとも現状のまま、うつむきかけていた顔を上げただけか、それはお客様に委ねつつ、あとがきとさせていただきたいと思います。

 

最後に。

実は初稿は「保育園は子供が育ちあう場所なんです」というクライマックスの保護者会で終わりでした。「子供達には幸せな未来が欲しい」「いろんな垣根を越えて仲良くしたい、という意思を示したい」というプロデューサー光田さんとぺ・ミヒャンさんのおかげでこの作品は完成しました。この場を借りて御礼申し上げます。

また、なによりご来場くださった方、興味を持ってくださった方、俳優スタッフ関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 

 

少し休んでまた歩き出すよ。

南慎介

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