『光、さえも』電子パンフ P.1 前書きとごあいさつ

INTRODUCTION

1921年。第1次世界大戦の爪痕も残るなか、アメリカは戦争特需を背景に、あらゆる面が活発に動いていた。

チャーリー・チャップリンやバスター・キートンといったハリウッドスターが登場した。

女性たちは女性参政権を背景に、開放的に、独立的になり「フラッパー」という言葉が生まれた。

冷蔵が、車が、ラジオが生まれ大量生産大量消費のスタイルが生まれた。

ルイ・アームストロングがラジオの発展とともに音楽文化の中心となり、「ジャズエイジ」と呼ばれた。1929年の大恐慌までの、短くも輝ける時間。

「独立芸術家協会」の年次展覧会の陳列を決める、とある会議室にて。

 

 

STORY

1921年。ニューヨークのグランド・セントラル・パレスで開催された、独立芸術家協会の展覧会にある作品が出展された。ある無名の芸術家から提出された『噴水』。それは「がらくたに落書きされたもの」であった。本来、6ドルの出品料を支払えば誰でも出品できるこの展覧会に、この作品を出展して良いものか芸術の価値をめぐり、独立芸術家協会は喧々諤々の議論が繰り広げた。

「これを美と呼んでいいものか?」

今後の芸術そのものをゆるがす問題作の作者はこの会議の中に、いる。

 

 

ごあいさつ

本日はご来場いただきましてありがとうございます。

早いものでAmmoも4作目となります。

毎回毎回、「お前、こんな厄介なことに手を出すのか」と言われ続け、むしろそれを誇りにすら思っていた私ですが、今回の「美」というテーマはあまりに、あまりに重いものだと、こうやって作品の完成形を見た今となっても身が引き締まる思いです。

「美」というものはあまりに遠い、果てのない、そして答えのない問いかけであり、しかし確かに存在を実感できるものでした。稽古を通じ、俳優たちとこの2ヶ月ずっと手を伸ばし続けてきました。

今、私たちが手を伸ばしてきた美がここにあるのか、見届けていただけたら幸いです。

 

Ammo 代表 南慎介

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