【ノスタルギヤ】もう焦らさないで 我慢できない(「ノスタルギヤ」をご覧になった方への御礼とご挨拶)

Ammo vol.5「ノスタルギヤ」全公演無事終了いたしました。
関わってくださった方々、ご来場頂きました方々、興味を持ってくださった方々、全ての方に厚く御礼申し上げます。

 

感想はこちらにまとまっております。よろしければ是非。

 

さて、この文章は千秋楽、俳優を送り出して楽屋で書いております。
モニターの向こうから舞台上の俳優の熱演が聞こえてくる中、スタンバイを待つ俳優の緊張と緩和、呼吸と覚悟を感じている、なんともよい夕方です。

これは演出家や脚本家だけに許された贅沢な時間で、俳優という一個人の人間の人格にこちらから強制を持って干渉し続け、生きることそのもののエネルギーを消費してもらう関係から、私も俳優も一個人に戻るという緩衝地帯でもあります。

いろいろな意見がありますが、私はオーダー(演出家としての指示)を出さない大千秋楽公演はいつも観ないことにしています。その代わり、ここで文章を書く。ソニアではないですが、「私の心はいつもあなたと共にある」という気分です。

 

第5回公演、Ammoとして初の再演と色々と節目の公演だったわけですが、終わってみれば3回のダブルコール(うち1回は未遂……ダブルコール慣れしてない団体ですみません…)、Ammo創設以来のアンケート回収率及びツイッターの感想数と大変ご好評を頂きました。再演ということで「初演を超えることが絶対条件」だった中、ひとまずの成果は得たのかと胸をなでおろしているところです。

語りうることは全て語ったし、描けることは全て描いた。
手の中から零れ落ちていった小さなエピソードはいつか別の物語になるでしょう。

あなたが、もしもボスニア・ヘルツェゴビナという国をふと忘れたとしても、ふとした時にフドバルのチャントが聞こえてくるとしたら、こんなに嬉しいことはありません。

さあ 行こうぜ 俺たちの イリヤ ララララ 俺とともに
さあ 行こうぜ 俺たちの シーナ ララララ 君のために

メロディはいつだって特別なものだ。僕らのボスニアに、ビリヤシュに響き渡った歌はいつもこの胸にある。

 

 

さて、次回のAmmoは珍しくリーティング公演などというものを打ってみようと思っています。

時代背景の考証から衣装、舞台とどうしても大きくなりがちなAmmoのパッケージングの中で「おはなし」だけをすくい上げてみようという試みです。具体的には秋頃、お目に書かれれば幸いです。それまで皆様どうか、お元気で。

 

Ammo 代表 南慎介 拝

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